人を説得することは可能なのか?【中野剛志×適菜収】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

人を説得することは可能なのか?【中野剛志×適菜収】

中野剛志×適菜収 〈続〉特別対談第2回

 

適菜:言論を勝ち負けにしちゃうということですか? ネット上のスラングなのかよく知りませんが「謝ったら死ぬ病」というのがあるそうですが。

 

中野:そう言ってもいいのですが、要するに、こういうことです。あの新型コロナ軽視の知識人の集まりは、新型コロナの騒動が起きた当初は明らかに高をくくっていて、どうやら、「みんなが自粛しようと言うからって、しずしずと自粛するんじゃ面白くもおかしくもないじゃないか」という気分だったらしいのです。つまり、権力、世論の大勢あるいは空気の支配にあらがうのが知識人だとか、人と違ったこと、ひねりの利いたこと、人が気付いてないことを言って注意を引くのが知識人なんだという了見ですね。

 もちろん一般大衆が何も考えずに「オリンピック賛成」とか「平和は大事だ」とか言っているときに「俺は必ずしもそうは思わない」と言ってみるとか、世論とは違った視点を提供してみるとか、別にそういうことをやったっていいんですよ。いやむしろ、それは非常に重要なことであるし、確かに知的で面白いことでもある。一石を投じるのが知識人、言論人の役目と言ってもいい。しかし、単に「人と同じことを言うのでは、知識人としてつまらんから、ちょっと違うことを言ってみた」という気分だったのなら、新型コロナ禍をネタにして、知識人ぶって遊びたかったというに過ぎないのですよ。

 

適菜:本当にそのとおりです。要するに不謹慎なんですよ。これは人の生死にかかわる問題です。面白くもなんともない。しかも間違いを認めず、屁理屈で誤魔化したり、大声をあげてみたり。三浦瑠麗にいたっては新型コロナを軽視し、政府のデタラメな対応を擁護し続け、とりかえしがつかなくなった後に、国は「高をくくっていたんじゃないか」などと言い出した。卑劣、無責任、盗人猛々しい。その瑠麗が満を持して『表現者クライテリオン』に登場したわけだから、落ち着くところに落ち着いたのかと。そのうち、瑠麗のお仲間の橋下徹も登場するんじゃないですか。

  一律10万円の特別定額給付のとき、橋下は公務員や生活保護受給権者は受け取るなと言い出しました。維新の会お得意の「公務員を叩いて社会に蔓延するルサンチマンを回収する手法」です。既得権益を叩き、「改革者」を気取ることで、大衆のルサンチマンを回収する。その結果、なにが発生したのか? 

 橋下は知事、市長時代に医療福祉を切り捨てます。公立病院や保健所を削減したほか、医師・看護師などの病院職員、そして保健所など衛生行政にかかわる職員を大幅に削減しました。

 こうして発生した医師や看護師、保健所の人手不足、脆弱な検査・医療体制が、新型コロナの感染拡大を招いたのは明確です。これを改革と称し、「黒字になった」と胸を張っているのですから、政治の役割についても、経済についてもなにも理解していないのでしょう。

 連中は「データを見ろ」とよく言いますが、最新の東大の研究では、感染者を減らさずに緊急事態宣言を解除すると経済損失は膨らむ”と発表されています。この研究だけが正しいというつもりはありません。専門家の間でも意見は対立しているところもあるし、それぞれの意見を見なければならない。そういうことをせずに、同じような意見をもっている人ばかりを集め、都合のいい情報だけチェリーピッキングしていると、人間は急速におかしくなっていくのです。

 

■知識人ぶって言葉を操ることの危うさ

 

適菜:去年(2020年)の早い時期に、判断を間違えて「知識人ごっこ」を始めてしまったなら、まだ弁解の余地があります。連中は当初、新型コロナという未知の事態に対し、既存の概念だけでは十分ではないので、状況にあわせながら試行錯誤している感染症の専門家や医師たちを罵倒して、それこそ「素人考え」を押し付けようとしていた。しかも、変異株や後遺症、あるいは若者の死者・重症者が増えるなど、日々刻々と状況が変化しているのに、自分達の頭の中は更新できていない。

 私は新型コロナについて判断を間違えた人々を後知恵で批判するのは間違っていると思う。誰しも判断を誤ることはある。問題は次々と新しい事実が判明しても自分の判断の間違いを認めることができず、大声を出し自己正当化をはかろうとする連中です。「自分は社会の困窮者を救う悲劇のヒーローだ」みたいな自己陶酔に浸った大学教授が、正義(と本人が思い込んでいるもの)のために暴走していますが、新型コロナ発生からどれだけの時間が経ち、どれだけの新しい事実が明らかになったのかという話です。結局、現実を直視できない人間が被害を広げるのです。

 

中野:おっしゃるとおりです。まさにそのことを言いたかったんです。初期の段階で新型コロナについてよく分からないので高をくくって、いつも通り、知識人ぶって、一石を投じてみた。そこまでは、まだいい。だけど、彼らにとって不幸だったのは、新型コロナは当初の想定以上に危険なものだったことが半年、あるいは1年経って判明したということです。そうしたら途中で直せばいいわけです。ところが、今さら、直せないということらしい。

 そうするとやり方は二つあって、一つは適菜さんがおっしゃった三浦瑠麗氏みたいに、自分が高をくくっていたことを棚に上げて、後出しジャンケンで「政府は高をくくっていたんでしょうね」などと批判してみせる。以前は何を言っていたなんか、みんないちいち覚えていないだろうから、節操なく変節して生き残るという戦略ですね。もっとも、そんな戦略なんていう大層なものではなく、単に、以前に言ったことを覚えていないだけかもしれないけれど。

 もうひとつは、そこまで節操をなくせない連中は、「当初からの自分の主張はやっぱり正しかった」と、ありったけの知恵を絞って何とか理屈をひねり出そうとする。

 

適菜:それでだんだん鼻息が荒くなる。

 

中野:だけど、いくらでも修正するチャンスはあったわけです。「最初はよく分かってなかったが、後で事実が判明したから」と言って修正するのは、別におかしいことではありません。あるいは、「新型コロナが変異したので状況が変わりました」って言う手もあったわけです。つまり、去年の春は確かに「若者は心配しなくていいんだ、高齢者だけ守ればいいんだ。若者は普通に生活して集団免疫を獲得すればいいんだ。だから緊急事態宣言はいらないんだ」と言っていた。けれど、変異株が現れて若者も重症化するってことになったということで「去年と違って、今度は、緊急事態宣言が必要になりました」と言えばよかったのです。もっとも、厳密に言うと、感染が拡大すると変異する可能性も高まるらしいから、本当は弁解の余地はないんですが……。まあ、そうは言っても、ウイルスが変異して状況が変わったんだから、言っていることが変わったって、正しい方に変る限りは、誰もそんなに責めたりはしませんよ。

 

次のページ「俺は正義の味方だ」と自己陶酔に陥った人間こそ危ない理由

KEYWORDS:

※カバー画像をクリックするとAmazonサイトへジャンプします

 

「新型コロナは風邪」「外出自粛や行動制限は無意味だ」
「新型コロナは夏には収束する」などと
無責任な言論を垂れ流し続ける似非知識人よ!
感染拡大を恐れて警鐘を鳴らす本物の専門家たちを罵倒し、
不安な国民を惑わした言論人を「実名」で糾弾する!

危機の時にデマゴーグたちに煽動されないよう、
ウイルスに抗する免疫力をもつように、
確かな思想と強い精神力をもつ必要があるのです。
思想の免疫力を高めるためのワクチンとは、
具体的には、良質の思想に馴染んでおくこと、
それに尽きます。――――――中野剛志

専門的な医学知識もないのに、
「コロナ脳」「自粛厨」などと
不安な国民をバカにしてるのは誰なのか?
新型コロナに関してデマ・楽観論を
流してきた「悪質な言論人」の
責任を追及する!―――――――適菜収

 

●目次

はじめに———デマゴーグに対する免疫力 中野剛志

第一章
人間は未知の事態に
いかに対峙すべきか

第二章
成功体験のある人間ほど
失敗するのはなぜか

第三章
新型コロナで正体がバレた
似非知識人

第四章
思想と哲学の背後に流れる水脈

第五章
コロナ禍は
「歴史を学ぶ」チャンスである

第六章
人間の陥りやすい罠

第七章
「保守」はいつから堕落したのか

第八章
人間はなぜ自発的に
縛られようとするのか

第九章
人間の本質は「ものまね」である

おわりに———なにかを予知するということ 適菜 収

 

オススメ記事

中野剛志/適菜収

なかの たけし/てきな おさむ

中野剛志(なかのたけし)

評論家。1971年、神奈川県生まれ。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“TheorisingEconomicNationalism”(NationsandNationalism)NationsandNationalismPrizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)、『日本経済学新論』(ちくま新書)、新刊に『小林秀雄の政治哲学』(文春新書)が絶賛発売中。『目からウロコが落ちる奇跡の経済学教室【基礎知識編】』と『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)が日本一わかりやすいMMTの最良教科書としてベストセラーに。

 

 

適菜収(てきな・おさむ)

作家。1975年山梨県生まれ。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』、『小林秀雄の警告 近代はなぜ暴走したのか?」(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム近代的人間観の超克』(文春新書)、『安倍でもわかる政治思想入門』、清水忠史との共著『日本共産党政権奪取の条件』、『国賊論 安倍晋三と仲間たち』『日本人は豚になる 三島由紀夫の予言』(以上、KKベストセラーズ)、『ナショナリズムを理解できないバカ』(小学館)、最新刊『コロナと無責任な人たち』(祥伝社新書)など著書40冊以上。「適菜収のメールマガジン」も配信中。https://foomii.com/00171

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

思想の免疫力: 賢者はいかにして危機を乗り越えたか
思想の免疫力: 賢者はいかにして危機を乗り越えたか
  • 中野剛志
  • 2021.08.12